ザッケローニは2018年現在何してる?日本好きな監督の生活エピソードも!

      2018/08/01

アルベルト・ザッケローニさんといえば、サッカー日本代表の元監督ですよね。

ザッケローニ監督の通訳を担当していた矢野大輔さんも常に傍にいて、本田圭佑さんなどの日本代表選手を指揮していたのも記憶に新しいものですね。

現役選手時代はイタリアのプロサッカークラブで数々の試合に出場された実績もあります。

日本代表監督を務める以前にも、トリノFCやユヴェントスFCなどといった数々のプロサッカークラブの監督をされていたそうですね。実際に、ACミラン監督時代にイタリアサッカー選手協会から年間最優秀監督賞を受賞されるほどの功績の持ち主でもあります。

そんな偉大な監督であるザッケローニさんですが、2018年現在はどのような生活をされているんでしょうか?

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ザッケローニは2018年現在何をしている?監督の通訳だった矢野大輔も!

2018年現在、ザッケローニさんはUAE代表監督に就任されています。監督に就任されたのは2017年10月で、今後もアジアカップ2019にはホスト国として臨むとのことです。

ザッケローニさんご本人も年金生活者だといわれる年齢とおっしゃられていますが、まだまだサッカーへのアイデアや情熱は衰えていないそうです。

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ちなみに、出身地のイタリアのチェゼナーティコで「マレ」というレストランを経営されているそうです。

ときどき僕も精神的に老いてきたな~って思いますが、まだ24歳の若者である自分が情けなく思えてきますね...(笑)

 

そしてザッケローニ監督の通訳を担当されていた矢野大輔さんの2018年現在は、『矢野大輔オフィシャルウェブサイト』によると

2014年7月ブラジル・ワールドカップ終了に伴いザッケローニ監督の退任と同時に代表チームを離れる。

ザッケローニ監督が全身全霊をかけて作ったチームとその4年間の積み重ねを多くの人に伝えること、あきらめなければ夢はいつか必ず、形を変えてでも叶うというメッセージを子供たちに伝えるために、執筆、講演、メディア出演などを精力的に行っている。

引用:http://daisukeyano.com/

とのことです。

 

ザッケローニさんも矢野大輔さんも、それぞれ別々の道を歩んでおられるんですね~

ザッケローニと矢野大輔

 

ザッケローニ監督が日本好きになったきっかけは?

7,8年ほど前に、ザッケローニさんがサッカー日本代表の監督に就任したことが話題になりましたよね。

ザッケローニさんが日本好きになったきっかけというのが日本に来国するにつれて、日本の美しい町や風景に魅了されたからだそうです。

当初ザッケローニさんは日本に訪れた際、北から南まで大阪、広島、福岡といったいろんな街が一つとして同じではないことを知ったそうです。また土地柄を反映して育った場所で性格に違いが出ることなどのいろいろな変化があったり、どこに行っても海があるのも日本好きになった理由の一つらしいです。

それほどザッケローニさんは日本好きで、1年に2回は日本に戻るほどだそうです。

これってほんとうに自分よりも日本好きなんだな~って思っちゃいますよね(笑)。

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ザッケローニは日本好きすぎて凄い!監督の生活エピソードも紹介!!

日本好きで有名なザッケローニさんですが、日本に帰ったときの生活も、すし、刺身、ソバ、とんかつ、しゃぶしゃぶといった日本食をこよなく愛されています。

 

こんなにも日本好きなザッケローニさんのエピソードについては以下にありまして

少し長くて申し訳ございませんが

1.故郷 ~名将が生まれる町~

ザックは、イタリア北部の自然豊かなエミリア=ロマーニャ州で生まれた。厳密に言うと出生地はメルドラという町だが、生後数カ月で家族に連れられ、近くの海沿いの町、チェゼナティコに移り住む。以来57年間、現在に至るまでその地が人生の中心になった。

アドリア海に面した人口2万5000人ほどのリゾート地は、長友佑都がいるチェゼーナから車で約10分ほど。大小の運河が特徴的な町を目指して、夏場にはバカンス客が国内外から訪れる。町の経済の柱は、レストランやホテルといった観光業だ。

山海の幸に恵まれた土地ゆえ、美食でも知られるロマーニャ州だが、隠れた“名産品”と言えるのが優れたサッカー指導者だ。アリゴ・サッキ(元ミラン監督)を筆頭に、アゼリオ・ビチーニ(元イタリア代表監督)、デリオ・ロッシ(現パレルモ監督)ら、名将たちを次々に輩出してきた。ザックもまた、その傑作の一つである。

2.過去 ~注文の多いサイドバック~

「ワシが左ウイングで、ヤツは左SB。まだ若造のくせに後ろから『展開しろ!』だの『戻れ!』だの指示を飛ばしていたものだよ。当時から広い視野を持っていた」

現在5部のASチェゼナティコは、アマ時代にザックがプレーし、'83年に最初に指揮を執ったチームだ。ホームスタジアム「モレッティ」の管理責任者を務めているミルツォーニさんは、その現役時代を知る一人である。

「当時はDFがハーフウェイラインを越えることは許されなかった。でもザックは攻撃参加したがって、よく監督と衝突したものだ(笑)」

ザックのテクニックは、もちろんプロに及ぶはずがなかった。しかしその分、規律あるプレーや頭を使ったプレーを好んだという。

「監督になってからの方が苦労したはず。ミラン時代のスクデットは、政治信条的に対立するベルルスコーニ・オーナーの下で獲ったもの。肝が据わっている証拠だよ」

3.家業 ~経営のセンスあり~

「職業である以上に、サッカー監督をすることが私の趣味」と断言するほど、仕事ひと筋のザック。しかし彼には、故郷でレストランやマリンリゾートを手広く経営する実業家、という意外な一面がある。

サービス業は、代々続くザッケローニ家の家業。アルベルトは13歳の時、父親経営のレストランでテーブル2卓の切り盛りをまかされた。早熟で数字に強かった彼は、瞬く間に仕事を覚えると「パパ、経営の背骨は経理だよ」と言ってのけた。ちなみに最終学歴は、ホテル旅客業専門学校卒である。

監督業で成功すると、そこで得た資金を元手に、地元観光界へ投資。息子にも経営者として会計学を学ばせ、今夏も新たに洒落たフロリダ風レストランを新規オープンさせた。ザック、実に手堅い。彼の名を出せば、道行く誰もが一目置く。町長選に担ぎ出されそうになったこともある彼は、いわゆる“地元の名士”なのだ。

4.嗜好 ~実は筋金入りのインテルファン~

父親アダモが経営するホテルの屋号を「アンブロジアーナ(インテルが戦時中に使っていた名称)」に変えたほど、ザッケローニ家は一家揃って、筋金入りのインテリスタだった。

ザックにとって苦渋の思い出は、インテルが最終節で優勝を逃した'02年5月5日。当時ラツィオを率いていた彼は、皮肉にも敵将として、全インテリスタを失意のどん底に叩き落したのだ。試合後、「優勝に値したのはインテルだったのに」とうなだれたという。

ただ、息子のルカはインテリスタではないらしい。

「いろいろなチームを渡り歩く父の仕事の性格上、一つのチームだけを好きになるのはとても難しいことでした。名声を得たウディネーゼかミラン、と言いたいところですが、父が率いたチームはどれも家族にとって大事なチーム。この冬から夏まではユベントスファンでしたが、今はもちろん日本代表サポーターですよ(笑)」

5.言葉 ~過去の名言3選~

「今だから告白するが、守備のときには何度か手を使った。人生には適当にうまく切り抜けることも必要じゃないかね?」
(現役時代の哲学を問われて。憧れの選手は、'60~'70年代にインテルで活躍したDFブルニクだったという)

「夢物語だとは思うが、人々を融和させられる人になりたい」
(どういう人間になりたいかと問われて。ミラン、インテル、ユベントス、トリノ。ライバル関係にある4チームを率いた史上唯一の監督は気配りの人だ)

「私はセリエAの試合を500試合戦ってきたが、ただの一度たりともユニフォームを着て臨んだ試合はない。つまり、サポーターの信頼を、結果のみでつかんできたということだ」
(今年1月末、ユーベ新監督に就任して。選手ではなく、監督としての腕一本でやってきたという自負がにじむ)

6.性格 ~売られたケンカは買う男~

温厚な性格で知られるザックだが、実は売られたケンカは買う。昨年9月、CLグループリーグでのインテル対バルサ戦を批評した彼に、モウリーニョが噛みついた。

「同じインテルの監督でも、かつてホームでアーセナルに1対5で敗れた者が、私にサッカーを教えようとはお笑い種だ」と公に罵倒。これに対して、「公平な批評も許さないのか。ファシズム全盛だった80年前なら、モウリーニョもさぞ居心地がよかっただろう」と返した。

権力におもねることをよしとしないザック。その気概は、ミランの絶対権力者ベルルスコーニの下でも鍛えられた。'98-'99シーズンの逆転優勝翌日、オーナーは「私がボバンをトップ下に置けと指示したのだ」と得意満面。だが、指揮官は「彼が言ったのは、ボバンをサイドに置けということだった」と反撃した。周囲による人物評は、「気遣いのできる正直者。仕事については頑固者」だそうだ。

7.家族 ~息子が語る父ザッケローニ~

一人息子のルカさんが取材に答えてくれた。

「彼は故郷をこよなく愛する、典型的なロマーニャ人です。ミラノやトリノでも、わずか半日の時間を見つけては帰省し、海で思索にふけっていました。日本でも美しい海岸や砂浜が見られれば、きっと父は喜ぶでしょうね。

“新世界”である日本で、父はさまざまなことを覚えないといけないでしょう。これまでの経験と違い、今回はチーム作りから始めなければなりません。アジアカップまでの4カ月間は、父にとって本当に重要です。

他にもいくつかオファーはあったのです。家族で話し合いをしました。不確かな条件のオファーもあった中、日本は違いました。南ア・ワールドカップでも上々の結果を残し、それによってもたらされた“サッカー熱”がありました。だからこそ今、イタリアのサッカー文化を日本へ融合させるのは、とても興味深いことだと思うのです。父は今回の就任に本当に興奮しています」

引用:http://number.bunshun.jp/articles/-/49454

とのことです。

 

ザッケローニさんの素晴らしいところは現在65歳という年齢でも挑戦することを止めないところにあると思います。なんせ日本好きという生活エピソードもありますからね~

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このように年齢に関係なくアグレッシブに挑戦し続けていることがとても魅力的に感じます。

ザッケローニさんってすごくエネルギッシュな人で、未だ衰えないパワーを感じますよね!!より一層24歳の自分が情けなく思えてきますね...(笑)

今後もザッケローニさんの動向に注目していきたいですね!

 

 

今回はこれで以上となります。

最後まで読んでいただきましてありがとうございます。

 

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